序章
- ここは首都プロンテラにあるアパートの一室。
- 窓は南向きにあるのに、アパート前にある木のせいで光は入らず、
- 露店が建ちこめる十字路まで、何十分とかかる場所にここはあります。
- この部屋の主であるアルケミストの名前はサクヤ。
- アルケミスト(錬金術師)という立場であるにも関わらず、
- 彼女はこの辺鄙な(安上がりな)場所で、何 故 か
- 【名探偵サクヤ】として探偵事務所を開設しています。
- そんな変わった彼女の助手をしているのがこの僕、リスルムです。
- どうして聖職者である僕が彼女の助手になったのかというと…
- それはまた別の機会にお話しましょう。
- さて、今回のお話はある爽やかな朝から始まります。
- この日も僕は早朝から彼女の手伝いに来ていたのでした。
- 今日も平和ねぇ、ワトソン君。
- サクヤさん、平和で何よりなんです。あと僕の名前はリスルムです。
- こういう日はやっぱり午後のミルクティーよねぇ。
- 砂糖はやっぱり12杯がベスト。これは譲れないわ。
- …サクヤさん。今はまだ朝であり、尚且つ爽やかに鳥がさえずる時間です。
- というかミルクティーは砂糖を入れんでなんぼやろがぁぁぁぁ!!
- ……
- ……
- こんな時間からそんなに叫んではご近所さんに迷惑よ、ワトソン君。
- こうやって平和をかみしめるというのもこの世界には必要…
- だけど…
- だけど…?
- そろそろ何かがあってもいいころよね!
- そうそう、そろそろ何かがあっても…
- どこぞの探偵のように毎回事件にあってもらってたまるかぁぁぁぁ!!
- 落ち着きなさい、リス君。
- 人は誰しも奇怪な事件を待ち望んでいるものなのよ!
- あぁ、神よ。こんな危ない人が世の中にいていいものなのでしょうか…。
- あら、何か言った? ワトソン君。
- いいえ、何も…。あとワトソンじゃないです、リスルムです…。
- せっかくこんなに天気がいいんだし、いっちょやりましょっか。
- …何をですか?
- ケーキパーティ♪
- 朝からケーキなんてどこの貴族ですか!
- 庶民の朝ごはんにもなるわよ(実話です)。
- そもそも、そんなものを買う余裕があるんですか。
- 昨日だって新聞の集金、払えてなかったでしょう!
- 探偵は誰しもヘソクリというものを持っているものなのよ!
- ……
- ……
- つまりは己の欲求のためだけに集金を後回しした、と…。
- えへ♪
- まず人として失格やないかぁぁぁぁ!!
- あ、ちゃんとリス君の分も買ってあるから安心してね〜♪
- サクヤ、戸棚の前に移動する。
- はぁ…なんでここに来るたびに叫ばなければならないんだろう…。
- こんな寂れた探偵事務所に依頼なんてこないだろうに…。
- アルケミストなんだから、わざわざ探偵なんてやらずに、
- その頭を使って何か役に立つものを発明すればいいのになぁ…。
- あああ…!! 無い! なんで無いの!?
- あなたの脳みそがですか?
- 違う! 断じて違うわ!!
- というかさり気なく酷いこと言わないでよっ!
- サクヤ、元の位置に戻る。
- (別にさり気なくもないような…)
- 無いのはケーキ! 昨日買ったはずのケーキが無いの!
- 実は自分一人で食べちゃったんじゃないですか?
- ほら、甘いものは別腹っていうじゃないですか。
- 確かにそうだけど、今回ばっかりは違うわよ。
- 別腹自体は否定しないんですね…。
- 好きな食べ物は最後まで残す派の私だもの。食べたりしないわ!
- この間のオムライスもそうだったでしょう?
- ライスだけ先に食べてましたね…(つまりはただのチキンライス)。
- そんな私がケーキを食べちゃうはずがない!
- そう、これは事件よ!! 事件なのよ!
- …な、なんてしょぼい事件の幕開けなんだ。
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